師匠とわたし(免許皆伝編②)

のんびりしていたら、
あっという間に7月も終わりですね^^

さて、
今回の「師匠とわたし」シリーズのテーマは、免許皆伝編としました。

いままでは師匠についてわたしが学ぶ過程を主に書いてきましたが、
ここからは、
師匠にひとりの師範代として認められるまでのことを書こうと思います。

師範代というのは、師範代理という意味。

師匠に変わり、稽古をつけたり、指導を行える資質を認められたもの。
ということですね。

後を継ぐ者、流派を継ぐものとしての鍛錬は正直に言って、
きつかった〜(´・ω・`)

その分、かけがえの無い価値がそこにはあったと思いますし、
今思えばそれが故に

「本質をはっきりと見抜ける」体質になれた


のですから、万々歳ですね\(^o^)/٩(๑´3`๑)۶

なので、
なにかの本物の先生になろうとする人へのエールも込めて
この免許皆伝編をお届けしようと思っています。



※以下に記すストーリーはとうじのわたしの師匠とのやり取りを出来る限り残した
日記にかかれていた通りの内容を出来る限り忠実な会話を記しています。


ある一定の教えが出来るようになってきた頃、
そうですね、20代頭の出会いから10年ほどたったころです。

ある夜、師匠に呼ばれました。
儀式の後の時間だったので、相当遅い時間、真夜中です。
当時のバリ島の山間の村ではとても良く星が見えました。
(今はかなり店が増えたりホテルが増えたために、だいぶ見えにくくなりました)

深夜のテラスでお茶をすすりながら話たのですが、
そのときに師匠に言われたことでわたしは師範を目指そうと思ったのです。


『私と同じはないが、どこまで自分は近づけると思っているか?
 また。あなたはどのような師になろうとしているのか?
 これから先の稽古をどのように役立てていこうと考えているか?』


はい??(・・;)

全く師範になるということなどを考えていなかった私は、
鳩が豆鉄砲食らった・・・とはまさにこのこと!
と思えるような顔をしていたでしょうか。

師匠はその顔を見て豪快に笑いました。


『そうじゃろうなあ。考えたこともなかったであろうなあ。さあて、どうするもんかねえ』


そういって、お茶を飲み干すと挨拶をしてひらひらと後ろ手に手を振って、
こちらがあっけにとられている間に寝所に入ってしまいました。
残されたわたしは、そのままわけがわからずしばらくその場に座り込んでいました。


ーーーー翌朝ーーーー


稽古の後の質疑応答の時間。
日々の疑問を少しずつ解き明かしてくれる時間。
わたしは昨夜のことを自ら切り出そうとしました。
しかし、口に出そうとした瞬間、師匠がこうおっしゃったのです。


『全く同じことを教えても、結果が出るものと出ないものがある。
 それはなぜだとおもうかね?』



蓮華座を組み、ゆっくりと呼吸をし、目をつむったっまま。
わたしが何を答えるか待っている。
耳を澄まし、感覚を研ぎ、能力を最大限にわたしにむけられている。

師匠のこの姿勢がわたしたとても好きでした。
回答が出るまで待つ。
でも、逃げたり、お茶を濁すことなどはとうてい容赦ない。
見逃してはくれないその凛とした態度。


「それはどのような環境においても・・・でしょうか」


師匠は質問をせずにわかった体で話をすすめることを何より嫌いました。



それをわたしはこの何年もかけて彼と関係性を作り、
会社をクビになるかもしれないリスクを冒して休みを取り、
バリ島に通うこと、生活をともにすることで信頼を作り、


ともに時間を過ごす間に師匠の性質や癖をよく理解する



ようになりました。


『そう。どのような環境においてもじゃ。バリの教においても、
 あなたの国の環境においても変わらない』


そう言ってまた呼吸のトレーニングのように深い息を繰り返しています。
まぶたは閉じられたまま。


「その教えに対して自己主張をしているか、
 関係性を気づこうとしているかの違いではないかと考えます」

『どのような意味でいっているのかね』


呼吸を深く吐き出して師匠がまた次の質問をしてきます。


「教えに対して、自分はこうではない、そうではない、それではないという
 主張をわたしはいつもしていたように思うということです。
 
 そういったとき先生はあまり多くを語らず、わたし自身は何一つ事が
 うまく運ばず、毎回先生と口論になってしまっていたように思います。
 なので、其の教えを受け入れ、その学びの過程や結果を共有しようという
 気持ちを持つように努めたと思います」


そこまでを聞くと、頷きながら師匠はつむっていた目をゆっくりと開いて、
わたしをしっかりとその眼の中に収めて言いました。


『ふむ。ではどのようにしてその気付きに至ったのかの』



今度はずっとわたしを見つめています。

「なぜわたしはこうなのだろうという疑問を持つことばかりで、
 結果も、結論も、先も何も見えないで無駄に悩んでいることが本当に多いな。
 そう思うことからです。
 自分に疑いを持つような考えをやめたときだったと思います」


師匠はあごひげをさすりながら目を細めて笑っています。


『ほう。それはどのようにしてやめられたのかね』



「現在も、やめられているとは思っていません。やめられるようになるにはもっと。
 もっとその、自分自身をよく知らなくてはならないと思っています」


『そうかそうか。では自分をよく知るとはどういうことなのかね』



そう言うと先生は立ち上がり、マットを片付け自室の方へと歩いていってしまいました。


今思えば、このような押し問答、毎朝の質疑応答の時間が
今につながるしっかりとした土台のある私を作っていってくれていたのです。

日本での生活にそれをすべて置き換えられるようになったのは、
実際にはビジネスでの成果をある程度出したことで出来るようになったものですが、

繰り返し聞き返される質問、
何度も繰り返し考え続けさせる指導

を受けていた土台があったからこそ。
今のように自由な発送でビジネスを続けながら
自分の自由に生きることが出来ている。


このときに


「気分」で反応してしまうことと
「気持ち」を理解して対処できることの違い



をしっかり教わっていたのです。
もちろん、それがわかったのはビジネスに学び、
クライアントから学ぶという姿勢が私にしっかり出来てからです。


『土台なくば、どのような偉大な建造物も立たない』



師匠がいつも何かにつけ口にしていたこの言葉が、
ビジネスは教えられないときっぱり言い張っていた師匠と
わたしの生きる日本という経済社会でのつながりをいつもつないでいてくれました。


そしてその土台とは、
一通りのスキルが身につく、技術が手に馴染んで一人でできるようになる
という手習の世界とは全く別物で意識レベルの高いものでした。

この質疑応答の話をこの免許皆伝編ではお届けしよう。
そう思っています。>>>続く

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